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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)11号 判決

原告

川合内科医院こと

川合弘一

右訴訟代理人

加藤幸則

外九名

被告

社会保険診療報酬支払基金

右代表者理事長

穴山徳夫

右法定代理人幹事長

小出来一夫

右指定代理人

細川俊彦

西谷忠雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四二九七万一七六〇円及び内金二九八万二六二二円に対する昭和五〇年四月一日から、内金二七九万〇七六三円に対する同年五月一日から、内金三〇六万四八二九円に対する同年六月一日から、内金四六二万一二六三円に対する同年七月一日から、内金三八八万二四三六円に対する同年八月一日から、内金六七四万〇八九〇円に対する同年九月一日から、内金八五七万一八六五円に対する同年一〇月一日から、内金四四九万三六一一円に対する同年一一月一日から、内金五八二万三四八一円に対する同年一二月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、健康保険法(以下「健保法」という)四三条三項一号の規定による保険医療機関川合内科医院の開設者で、かつ、同法四三条の二による保険医であり、また、生活保護法四九条の規定による指定医療機関川合内科医院の開設者である。

被告は、健保法四三条の九第五項及び生活保護法五二条等の規定により、診療報酬の請求につき、保険者又は保護の実施機関である政府・健康保険組合等から、その審査、支払に関する事務を委託され、当該事務を行う公法人である。

2(一)  原告は、昭和五〇年一月一日から同年九月三〇日までの間、別表(三)1ないし790記載の健保法の被保険者本人若しくは被扶養者(家族)又は生活保護法の被保護者(以下これらを総称して「患者」という)に対し、同別表記載の各傷病につき、同別表記載の各検査その他診療報酬記録(甲一ないし七九〇―すべての枝番を含む、以下同じ)記載のとおりの療養の給付をなし、被告大阪府事務所に対し、所定の期間内(各月分について翌月一〇日まで)に、別表(一)の請求額欄記載のとおり右療養の給付についての診療報酬の支払を請求した。

(二)  原告の行つた前記(一)の療養の給付は、健保法四三条の四第一項、四三条の六第一項に基づく命令、なかんずく、保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和三二年厚生省令一五号―以下「療養担当規則」という)に適合するものである。

また、原告の前記(一)の診療報酬の請求は、健保法四三条の九第二項、健康保険法の規定による療養に要する費用の算出方法(昭和三三年厚生省告示一七七号―以下「算定方法告示」という)の定める基準により報酬額を算出し、健保法四三条の九第六項、保険医療機関及び保険薬局の療養の給付に関する費用の請求に関する省令(昭和三三年厚生省令三一号―以下「費用の請求に関する省令」という)の定める様式により、所定の期間内に行われた適式の請求である。

3  被告は、原告の右診療報酬請求に対し、健保法四三条の九第四項、生活保護法五二条一項、国民健康保険法四五条四項等の基準に照らし何ら支払を拒絶すべき理由がないにもかかわらず、右請求のうち、別表(一)未払額欄記載の各金額の支払をしない。被告が支払をしない金額の各月の合計額は左のとおりである。

一月分  金二九八万二六二二円

二月分  金二七九万〇七六三円

三月分  金三〇六万四八二九円

四月分  金四六二万一二六三円

五月分  金三八八万二四三六円

六月分  金六七四万〇八九〇円

七月分  金八五七万一八六五円

八月分  金四四九万三六一一円

九月分  金五八二万三四八一円

4  生活保護法による診療報酬請求手続は、同法五二条一項、国民健康保険法四五条、同法施行規則二九条、三一条等により、請求書を各月分について翌月一〇日までに提出し、同月二〇日までに審査を終了し、その翌月(療養の給付がなされた月の翌々月)末日までに診療報酬を支払うことと定められている。したがつて生活保護法による診療報酬の弁済期は、療養の給付のなされた月の翌々月の末日である。

健保法による診療報酬請求手続は、同法四三条の九、費用の請求に関する省令一項、社会保険診療報酬請求書審査委員会規程(昭和二三年厚生省令五六号)三条等により、請求書を各月分について翌月一〇日までに提出し、同月二〇日までに審査を終了し、遅くともその翌月(療養の給付がなされた月の翌々月)末日までに支払われているのが実状であり、右は事実たる慣習である。したがつて、健保法による診療報酬の弁済期も、療養の給付のなされた月の翌々月の末日である。

5  よつて、原告は被告に対し、前記未払診療報酬金合計金四二九七万一七六〇円及び内金二九八万二六二二円(昭和五〇年一月分)に対する弁済期の翌日である昭和五〇年四月一日から、内金二七九万〇七六三円(同年二月分)に対する弁済期の翌日である同年五月一日から、内金三〇六万四八二九円(同年三月分)に対する弁済期の翌日である同年六月一日から、内金四六二万一二六三円(同年四月分)に対する弁済期の翌日である同年七月一日から、内金三八八万二四三六円(同年五月分)に対する弁済期の翌日である同年八月一日から、内金六七四万〇八九〇円(同年六月分)に対する弁済期の翌日である同年九月一日から、内金八五七万一八六五円(同年七月分)に対する弁済期の翌日である同年一〇月一日から、内金四四九万三六一一円(同年八月分)に対する弁済期の翌日である同年一一月一日から、内金五八二万三四八一円(同年九月分)に対する弁済期の翌日である同年一二月一日から、各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)のうち、原告が別表(一)の請求額欄記載のとおり診療報酬の支払を請求した事実は、別表(二)記載の部分を除いて認める。別表(三)1ないし790の各患者につき同別表記載の傷病があつた事実、原告が右各患者に対して同別表記載の各検査その他診療報酬記録記載のとおりの療養の給付をした事実は知らない。

3  同2(二)のうち、原告の行つた療養の給付のうち別表(三)記載の各検査(血清(液)検査については、丸で囲み、又は回数を付記したもの、以下同じ)が療養担当規則等の命令に適合している事実は否認し、その余の療養の給付が右命令に適合している事実は知らない。

4  同3のうち、被告が別表(一)の未払額欄記載の各金額の支払をしなかつた事実は、別表(二)記載の部分を除いて認め、原告の診療報酬請求が何ら支払を拒絶すべき理由がないものであるとの主張は争う。

5  同4、5の主張は争う。

三  被告の主張

1  診療報酬請求権の立証責任の分配について

(一) 健保法によれば、保険医療機関は、都道府県知事の指定を受けた病院又は診療所であり(同法四三条三項一号)、その指定は、病院又は診療所の開設者の申請があつたものにつき、知事がこれを行うものとされている(同法四三条の三第一項)。

この申請及び指定は、国の機関としての知事が保険者に代わつて保険医療機関との間で締結する契約であり、その内容は、保険医療機関(諾約者)か、第三者たる被保険者(受益者)の傷病に関して命令の定めるところにより療養の給付を担当し(同法四三条の四)、保険者(要約者)が、これに所定の診療報酬を支払う(同法第四三条の九第一、二項)べき第三者のためにする準委任契約と解すべきものである。

(二) しかして、保険医療機関は、被保険者の傷病に関して命令の定めるところにより療養の給付を担当した後でなければ、所定の診療報酬を請求し得ない(民法六四八条二項本文)。すなわち、具体的な診療報酬請求権は、命令の定めるところにより療養の給付を担当することによつて初めて発生するものである。

(三) 同法四三条、四三条の四第一項、五九条の二第七項によれば、療養の給付は、保険医療機関における保険医が被保険者又はその被扶養者の疾病又は負傷に関して同法四三条の六第一項による命令の定めるところにより診療に当たつたものであることを要し、右命令の基本的なものは療養担当規則である。

したがつて、保険医療機関が被告基金に対して診療報酬を請求するためには、保険医療機関における保険医の具体的な診療が療養担当規則等の命令に適合していることを要するものであり、しからざれば、具体的な診療報酬請求権は発生しないのである。

(四) 以上述べたところから、診療報酬請求訴訟においては、保険医療機関は、療養の給付の具体的内容及びそれが療養担当規則等の命令に適合するものであることについて主張立証責任を負うと解すべきである。

2  原告の診療行為について

療養担当規則一二条によれば、「保険医の診療は、一般に医師又は歯科医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならない」と規定され、同二〇条一号ニによれば、「各種の検査は、診療上必要があると認められる場合に行い、研究の目的をもつて行つてはならない」と規定されている。

しかるに、原告主張の各診療、なかんずく別表(三)記載の各検査は、次のごとき極端な異常性に鑑みて、右療養担当規則に適合しているとは到底認め得ないものである。

(一) 傷病名の付し方の異常性

原告は同一患者に対し多数の傷病名を付している。例えば、昭和五〇年一月分の患者一名当たりの傷病名数は、最少で四個から最多で二三個もあり、平均13.1個であつて、他の月も近似している。

次に、同一の傷病名が多数の患者に頻繁に使用されている。例えば、昭和五〇年一月分の通院患者九八名についてみると、肝障害(肝炎・黄疸及び肝硬変を含む)は全員に対して用いられ、甲状腺機能異常(甲状腺炎を含む)及び肺(気管支内)感染症は九六名に、糖代謝異常は七八名に対してそれぞれ用いられており、他の月も近似している。また、生命に関わる重篤な病気名についてみると、昭和五〇年一月分の通院患者中、心筋障害者七二名、脳腫瘍及びその疑いは三四名、胃腫瘍及びその疑いは三〇名という多数にのぼつており、他の月も近似しているが、脳腫瘍は極めて稀有の病であり、このような稀な病に罹つている患者が特段の治療設備のない原告の経営する医療機関に大挙して赴くことは考えられないことであり、また、脳腫瘍又は胃腫瘍の病名を付せられた患者が入院することなく通常の勤務に就いており、右事実は原告の病名の付し方が荒唐無稽であることを示すものである。

更に、傷病名のつけ方には一定の医学上のルールがあり、単なる症状名を病名として列挙しないのが通例であるのに、原告は免疫異常、アレルギー症、糖代謝異常等単なる症状をも病名として列記しているが、原告がこのように多数の病名を捏造するのは、多種多様の検査の必要性を説くためのカムフラージュにすぎない。

(二) 請求点数の高率

原告の昭和五〇年九月分の患者一名当たり請求点数は、全国の平均点数の36.9倍、大阪府の平均点数の28.6倍にものぼり、他の月においても、異常な高率(全国平均点数の二三倍ないし三九倍、大阪府平均点数の二〇倍ないし三〇倍)を示している。また、原告の昭和五〇年九月分の一日当たりの請求点数は、全国の平均点数の15.2倍、大阪府の平均点数の12.5倍であり、他の月においても異常な高率(全国平均点数の八倍ないし一六倍、大阪府平均点数の七倍ないし一三倍)を示している。

(三) 検査の異常性

ほとんどすべての医師は、直ちに多種多様の検査を一度にするのは時間的にも内容的にも無駄が多いので、まず限定した検査(第一次スクリーニング検査)を行い、検査の結果患者の容態について異常を認めたときは、その異常と思われるところに焦点を合わせて、より精密な検査(第二スクリーニング検査)を行い、更に必要に応じて第三次、第四次とより精密な検査を行つている。このように数段階に分けて系統的、科学的に行う検査方法は、当初から必要の有無にかかわらず多種多様の検査を行うのに較べ、異常部位及び性状の発見をより的確にでき、かつ、必要以上の検査による患者及び医師の時間・検査費用の空費を避けるという利点がある。

ところが、原告は、現在の医学界の常識である第一次スクリーニング検査、第二次スクリーニング検査の区分を否定し、初診時において多種多様の検査を行い、しかも、ほとんどすべての患者を通じて大差のない画一的な検査を反覆実施している。例えば、原告は昭和五〇年一月から九月まで、原告が治療に当たつた毎月六〇名ないし八〇名の本人分入院外患者全員に対し、画一的に「血清(液)検査」を行つている。診察・投薬その他の各種診療行為における検査の割合が全国平均(昭和四九年一一月分)では7.5パーセントであるのに対し、原告の場合、約八四パーセントという極端な高率となつていることは、原告の検査の異常性を示すものである。

原告は、右のように多量の検査を実施するものの、投薬注射等を始めとして治療と思われることをほとんど行つておらず、治癒率も著しく低い。結局、原告は、検査の結果を治癒に生かすことは毛頭考えておらず、検査をすることのみを目的として、多種多様な検査を反覆継続しているもので、このような目的による検査が医療行為として是認されるものでないことは、いうまでもない。

四  原告の主張

1  診療報酬請求に関する立証責任の分配について

(一) 保険医療機関(指定医療機関を含む、以下同じ)の診療報酬請求権は、保険医療機関が個々の療養の給付を行う都度、算定方法告示等の法規の基準に従い当然に発生するものであり(いわゆる出来高払制)、保険医療機関が健保法四三条の九第六項及び費用の請求に関する省令所定の様式による診療報酬の請求をしたときは、被告は、療養担当規則、算定方法告示等に照らしてこれを審査し、保険医療機関の請求が右の基準に合致しないと認めた場合を除き、これを支払わなければならないものである(健保法四三条の九第四項)。

(二) 保険医療制度を適正有効に運用するためには、制度上からも保険者と保険医療機関が相互信頼の関係を維持し得る保障と、診療報酬の迅速適確な支払を確保することが必要である。このような要請のため被告基金が設立され(社会保険診療報酬支払基金法一条)、保険医療機関からの診療報酬の請求については、健保法四三条の九第六項及び費用の請求に関する省令により通常の債権債務関係にはみられないような詳細綿密な請求様式が定められている。また、保険医療制度の建前として、保険医療機関を信頼し、適式な請求書が提出される限り原則的に法規の基準に合致した療養の給付が行われたものとして扱おうとする趣旨は、健保法四三条の九第四項の規定の仕方のみならず、社会保険診療報酬支払基金法一四条の三において、診療報酬請求書の審査のため必要ある場合でも、都道府県知事の承認を得なければ当該診療担当者に出頭、説明、報告、書類の提出等を求めることができない旨規定されていることからも明らかである。

(三) 以上のような観点から、健保法四三条の九第四項等の解釈として、本件のごとき保険医療機関から被告に対する診療報酬請求訴訟においては、保険医療機関は被告に対して適式な診療報酬の請求をしたことのみについて主張立証責任を負い、右主張立証がなされた以上、被告において、保険医療機関の療養の給付または請求が療養担当規則、算定方法告示等の定めに合致しないことを具体的に主張立証しない限りその支払を免れないと解すべきである。

(四) 仮に、保険医療機関が出来高払の診療報酬を請求するについて、物の売買等通常の債権債務関係におけると同様の主張立証責任を負担するものとしても、保険医療機関としては、自ら行つた療養の給付の内容について主張立証責任を負うにとどまり、右療養の給付が療養担当規則、算定方法告示等の定めに反する点については被告に主張立証責任があることは、売買目的の瑕疵の存在及び程度について買主に主張立証責任があることと同様極めて明白である。

2  診療報酬請求書の審査は、健保法四三条の九第四項により療養担当規則と算定方法告示の定めに照らしてなされなければならない、いわば法律的審査である。そして、被告が減点という形式で本件診療報酬の支払を拒絶する理由のほとんどは検査項目につきB項すなわち「過剰と認められるもの」ということであるから、本件の争点は、原告が患者の傷病につき行つた検査が療養担当規則のどの条項に照らして過剰といえるのか、ということにつきる。

療養担当規則には、二条に「療養の給付は懇切丁寧にかつ療養上妥当適切なものたること」、一二条に「診療は医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならない」、一四条に「診療に当つては常に医学の立場を堅持しなければならない」、二〇条に「検査は診療上必要あると認められる場合に行い、研究の目的をもつて行つてはならない」等と規定されている。被告は、本件診療報酬請求について、単に検査が過剰であると主張するのみで、支払を拒絶する検査が右各条項のいかなる点に照らして過剰といえるのか説明しようとしないものであつて、法律的審査とはいえず、支払拒絶の理由がない。

3  患者に対してどのような療養の給付をなすかはプロフェッショナルとしての主治医の専権であつて、何人もみだりに干渉することはできない。医師は患者に対し、常にその時代の最高水準の医療を提供する義務があり、原告はそのため日夜医学の研鑽を積み、トップレベルの医療機器を設備し、トップレベルの医療を提供するよう努力して診療に従事している。各種の検査と多病名の記載は、患者の診断に対する原告の専門家としての考え方の当然の帰結であり、現代医学の水準の上で、医学的良心に従つて患者を診断治療した結果、高点数の請求となつているに過ぎない。

国民皆保険下の医療は、患者の生命、健康の増進のために担当医が専門知識を駆使し、全知全能を傾けて施すべきものであつて、かりそめにも保険料の請求額が高額になることを慮つてなすべきことを手控えるようなことがあつてはならないはずである。その結果、健保会計の財源難が生ずるようなことがあり得るとしても、それは制度運営上の諸施策の改善により解決すべきであつて、法律上、医学上の根拠に基づかないで担当保険医の診療報酬の支払を拒絶する愚を犯し、主治医権を侵害することにより、国民の生命、健康の増進に資すべき医学の進歩の芽を刈り取るようなことは厳に慎むべきことである。

4  原告の医学上の考え方

(一) 原告の診療方針

原告は、病気の正体がどうしてもわからないとか、病気をもつと科学的にすつきり治したいと思つている患者の診療を専門とし、懇切丁寧な真に患者のための医療を志し、専門的に細分化された医療の弊を避けるため、各科の専門家による所見を自己において統合診断するG・Pすなわちゼネラル・プラクショナーたることを任じ、診断理論としては臨床内科学の最新理論であるP・Q・S(プロブレム・オリエンテッド・システム)理論を信じ、かつ実践しており、検査の重視や多病名の表記もこの理論の当然の帰結である。

(二) 傷病名について

傷病名とは、傷つきあるいは病んでいるある個体の状態を、人間、特に医師が適当に分類し生まれたものである。常にあらゆる立場から見て妥当するというような分類は存在しない。ある一つの病名が決定されたとしても、具体的には病める個体の状態をすべて表現しているわけではない。的確な診断を下すためには、なるべく多くの異なつた角度からの分類をある病める個体の状態について実施し、それらを総合することが必要であり、そうすることが、ある病める個体の状態をより正確により詳しく把握することになる。診断とは医師のとるべき最適の行動を決定する論理過程であるといわれる理由もここにある。この論理過程とは、臓器別分類による「縦割り」方式、代謝異常、免疫異常など全身性病的変化を基にする「横切り」式、「斜め切り」式等々多くのものが互いに綾をなして織りあげられた総合的な考え方に立脚した過程のことである。病因的立場、病理解剖的形態的立場、生理学的、生化学的、分子生物学的な機能的立場、症状的立場、症候群的立場、重症度、経過、予後等の立場からの病める個体の状態について、多次元ベクトルによる個体差の認識を診断というべきである。

診断とは、決して単に病名を見つけることでもなく、また、単に多病名の羅列のみでもない。ある病める個体の状態を総合的に把握する場合、個体を一つのシステムとして考え、どのような因子が内部的に関連し合つているかをできる限り明らかにする必要がある。このシステムの内外での互いに関連し合つている諸因子を、前述した論理過程の中で問題点としてとりあげ、これを具体的に表現したものである。病める個体の多くの面を持つた状態として多病名を理解すべきである。

(三) 検査について

患者の頭の尖端から足の先まで懇切丁寧に注意して観察し、心身の状態を診察することほど大切なことはない。診察の手を抜くことや直観的独断的に一人きめすることは取り返しのつかない誤りを招くもとになる。また、前述した多次元ベクトルによる個体差の認識という診断の基本原則の重要性は常に忘れてはならない。

現代臨床医学の診察法は、患者の状態に関する情報はすべてもれなく集めてそれらの可能性のすべてを考察し、多次元的に分析して最適計画を立て、それらをしつかりふまえて治療を実行することが必要である。過去の医学医療では、医師の豊富な経験知識の下に自らの観察所見を基礎にして、主観的直観的かつ反射的に診察され、その上で治療方針が立てられ実施された。しかし、現代の医学医療では客観的な立場での診察診療という方向に大きく発展し、革命がもたらされている。

基礎データとしての(1)病歴、(2)身体的所見についての情報蒐集の大切さは現代も変わりがない。これに(3)臨床検査、(4)X線・RI検査、(5)内視鏡的検査による所見等の情報蒐集が現代の医学治療の特色であり、診察の「五つの柱」となつている。特に後三者はここ二〇年間においてめざましい発展をもたらしたものであり、要するに、古い主観的直観的反射的診療方法から、臨床検査等をフルに診察に利用して、できる限り豊富な情報の下に少しでも正しい診断、治療に近づこうとするような科学的診察方法へと大きな発展がもたらされた。

すべての検査は、診察診療の大きな柱の一つとして実施されているもので、研究などのために行われているものではない。したがつて、検査の多用が法のどこに違反し、療養の給付として否認されるのかは理解できないし、納得もできない。

5  比較について

正常と異常との判定を、算術的平均値との偏倚のみによることは、特に医学の立場を堅持した事象の観察態度としては不適当である。生物、特に人間を取り扱う場合すべて特有な個体差を重んじなければならない。少なくとも生きた人間の個有差、個体差を無視することはあつてはならない。

百歩譲つて、統計の比較を敢えて行うとすれば、少なくとも似かよつたものの間で行うべきである。保険医療機関を単純に無床診療所、病院別にあるいは甲表乙表別に分けて比較することは誤りである。従業員数、器機設備等の点から見た場合、川合内科医院の診療内容はむしろ大学病院ともつとも似かよつているのであつて、医師一人に看護婦一人というような純然たる個人病院と同列に置く、保険医療機関の個有性を無視した統計は、かえつて真実を歪めることになる。

次に、比較する場合、次のことを見逃してはならない。大学病院や総合病院には、普通一一〜一二以上の各診療科があり、それぞれの一診療科は、健保法四三条の八第四項により一保険医療機関とみなされるのである。したがつて、一人の患者がそれぞれの診療科に受診した場合、一保険医療機関とみなされた大学病院、総合店院の一診療科では、原告のように各科の所見を統合して診断するG・Pを診療方針とする一般病院の一一〜一二分の一の平均点数となるわけである。以上のことからみて、ただ単に一件当たり平均点数を比較することがいかに無謀であるかが理解できよう。

6  診療報酬点数表適用の誤りについて

AU(SD・ES)検査は、オーストラリヤ抗原検査(一元免疫拡散法・免疫電気泳動縮合法)の略号であるが、右検査について、原告は一四五点として請求したところ、被告は一一〇点として一回につき三五点の減点を行つている。

算定方法告示別表第四診療報酬点数表(乙)第三部検査料通則4には「検査料の項に掲げられていない検査であつて特殊な検査の検査料は、検査料の項に掲げられている検査のうちで最も近似する検査の所定点数により算定する」とあり、昭和四五年一月二一日保発五号の後文には「なお特殊な検査であつて準用点数に記載のないものについては、その都度当局に内議のうえ準用点数を決定する」とある。

次に、昭和四七年四月一日保発二七号で「オーストラリヤ抗原の検査は一元免疫拡散法によつた場合非特異性凝集反応検査の「ニ」に準ずる」として五五点とされている。

原告としては、点数表の準用点数として免疫電気泳動法は九〇点とされているので、AU(ES)と免疫電気泳動法とは最も近似したものとして九〇点とし、AU(SD)については昭和四七年四月一日保発二七号により五五点とし、結局AU(SD・ES)は一四五点とした。ところが、被告は、オーストラリヤ抗原検査は右保発二七号により方法のいかんを問わず五五点であるとして、AU(SD・ES)は一一〇点としたようである。

しかし、その後、被告岡山支部からの内議により免疫電気泳動法によるオーストラリヤ抗原検査は九〇点である旨昭和五一年一二月一日保発一二〇号をもつて通知が発せられたものであり、被告は診療報酬点数表の適用を誤つている。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  原告が被告に対し、別表(一)請求額欄記載のとおり昭和五〇年一月分から同年九月分までの診療報酬の支払を請求し、これに対し、被告が右請求のうち同別表未払額欄記載の各金額の支払をしなかつた事実は、別表(二)記載分を除いて当事者間に争いがなく、右争いのない事実並びに〈証拠〉によれば、原告は、昭和五〇年一月から九月までの間、別表(三)1ないし790記載の各患者に対し、同別表記載の各検査その他診療報酬記録(甲一ないし七九〇)記載の各療養の給付を行い、被告に対し、所定の期間内(各月分につき翌月一〇日まで)に別表(一)請求額欄記載のとおり(別表(二)記載分患者も含む)右療養の給付について診療報酬の支払を請求したこと、被告は、右請求に対し、原告の行つた別表(三)1ないし790記載の各検査(一部注射等を含む)は過剰であり、また、AU抗原検査(SD・ES)についての原告の請求は固定点数に誤りがあり、その他一部集計に誤りがあるとして、いわゆる減点の措置をとり、原告の請求のうち、減点分に相当する別表(一)未払額欄記載(別表(二)記載分患者を含む)の各金額を支払わなかつた事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二診療報酬請求権の発生原因事実及び主張立証責任について

1  本件に関する法制度の概観

(一)  健保法関係

(1) 一般民間被用者を対象とする健康保険では、保険者(政府及び健康保険組合)が被保険者の業務外の傷病等及びその被扶養者の傷病等に関して保険給付をすることとし(健保法一条一項)、このうち、被保険者の傷病に関しては、保険医療機関等から診察、薬剤の支給、処置、手術その他の治療等の療養の給付を受けること、すなわち、現物給付を原則とする(同法四三条一項、三項、四四条)。

(2) 被保険者は、保険医療機関等のうち自己の選定するものから右療養の給付を受ける(同法四三条三項)。保険医療機関は、都道府県知事の指定を受けた病院、診療所であり(同法四三条三項一号)、右指定は、当該病院、診療所の開設者の申請に基づいて行われる(同法四三条の三)。

(3) 保険医療機関において健康保険の診療に従事する医師は、都道府県知事の登録を受けた医師(保険医)であることを要する(同法四三条の二)。右登録は、当該医師の申請に基づいて行われる(同法四三条の五)。

(4) 保険医療機関は、命令の定めに従つて療養の給付を担当しなければならず(同法四三条の四第一項)、保険医は、命令の定めに従つて健康保険の診療に当たらなければならない(同法四三条の六第一項)。右各規定に基づいて、「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(昭和三二年厚生省令一五号)が定められており、その規定の主な内容は後記のとおりである。

(5) 保険医療機関が療養の給付について保険者に請求することができる費用(いわゆる診療報酬)の額は、療養に要する費用の額から一部負担金(同法四三条の八)に相当する額を控除した額とし、右療養に要する費用の額は厚生大臣の定めるところにより算定する(同法四三条の九第一項、第二項)。右厚生大臣の定めとして「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(昭和三三年厚生省告示一七七号)があり、療養に要する費用の額は、右算定方法告示別表診療報酬点数表において各療養の給付につき定められた点数により、一点の単価を一〇円として算定される。

保険者は、右療養の給付に関する費用の請求があつたときは、療養担当規則、算定方法告示に照らしてこれを審査したうえ支払うものとされ(同法四三条の九第四項)、保険者は、右審査支払に関する事務を被告基金に委託することができる(同条五項)。

そのほか、保険医療機関の療養の給付に関する費用の請求に関して必要な事項は命令で定める(同条六項)。右法律の委任に基づき、「保険医療機関及び保険薬局の療養の給付に関する費用の請求に関する省令」(昭和三三年厚生省令三一号。昭和五一年厚生省令三六号「療養の給付及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令」により廃止)がある。

(6) 被扶養者が保険医療機関等(同法四三条三項各号)で療養を受けたときは、保険者は被保険者に対し、右療養に要した費用について家族療養費を支給する(同法五九条の二第一項)。家族療養費の額は、療養に要する費用の百分の七〇(昭和五〇年当時)に相当する額とし(同条二項)、療養に要する費用の算定は被保険者に対する療養の給付の場合の算定の例による(同条三項)。

被扶養者が保険医療機関で療養を受けた場合、保険者は、右療養に要した費用につき、家族療養費として被保険者に支給すべき額の限度で被保険者に代わつて保険医療機関に対して支払をすることができる(同条四項)。保険者が保険医療機関に対して費用の支払をしたときは、その支払の限度で被保険者に対し家族療養費を支給したものとみなす(同条五項)。

被保険者に対する療養の給付及びその費用の請求支払等に関する規定(同法四三条、四三条の二、四三条の四第一項、四三条の六第一項、四三条の九第三ないし第六項等)は、家族療養費の支給及び被扶養者の療養に関して準用される(同法五九条の二第七項)。

(二)  その他の社会保険各法

保険医療機関は、健康保険の被保険者の療養の給付及び被扶養者の療養を担当するほか、日雇労働者を対象とする日雇労働者健康保険法、船員を対象とする船員保険法、公務員、公企体職員、私立学校教職員などを対象とする各種共済組合法等の社会保険各法による療養の給付並びに被保険者及び被扶養者の療養を担当するものとされる(健保法四三条の四第二項)。また、地域保険である国民健康保険の被保険者に対する療養の給付は、これを取り扱う旨の申出を受理された病院、診療所(療養取扱機関)が取り扱うが、保険医療機関の指定を受けた病院、診療所については、右指定の時に前記申出の受理があつたものとみなされる(国民健康保険法三六条五項、三七条一項三項)。

右各法においては、療養の給付及び療養の担当、診療報酬の算定方法、請求、審査、支払等について、いずれも健保法を準用し、あるいは、健保法ないしこれによる命令の例によるなどとしている。

(三)  生活保護法に基づく医療扶助

(1) 生活保護法に基づく医療扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持できない者に対し、診療、薬剤、医学的処置、手術及びその他の治療並びに施術等の範囲内において行われる(同法一五条)。

(2) 医療扶助は原則として、現物給付によつて行うこととし(同法三四条一項本文)、右現物給付のうち医療の給付は、厚生大臣又は都道府県知事の指定を受けた医療機関(指定医療機関)に委託する等の方法により行う(同法三四条二項、四九条)。

(3) 指定医療機関は、厚生大臣の定めるところにより、懇切丁寧に被保護者の医療を担当しなければならず、右医療について都道府県知事の行う指導に従わなければならない(同法五〇条一、二項)。

(4) 指定医療機関の診療方針及び診療報酬は、国民健康保険の診療方針及び診療報酬の例による(同法五二条一項)。

(5) 都道府県知事は、指定医療機関の診療内容及び診療報酬の請求を随時審査し、且つ診療報酬の額を決定することができ、右決定に当たつては被告基金の審査委員会の意見を聴かなければならず、指定医療機関は右決定に従わなければならない(同法五三条一ないし三項)。

(6) 都道府県、市及び福祉事務所を設置する町村は、指定医療機関に対する診療報酬の支払事務を被告基金に委託することができる(同法五三条四項)。

(四)  療養担当規則

(1) 療養担当規則第一章保険医療機関の療養担当は、療養の給付の担当方針として、保健医療機関は懇切丁寧に療養の給付を担当しなければならない、療養の給付は患者の療養上妥当適切なものでなければならないと定めている(二条一、二項)。

(2) 同規則第二章保険医の診療方針等は、診療の一般的方針として、保険医の診療は、一般に医師として診療の必要があると認められる傷病に対して、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならないとし(一二条)、懇切丁寧を旨とし、療養上必要な事項は理解し易いように指導し、常に医学の立場を堅持して患者の心身の状態を観察し、心理的な効果も挙げることができるよう適切な指導をしなければならないとし(一三、一四条)、特殊療法等を禁止し(一八条)、厚生大臣の定める医薬品以外の医薬品の施用等を禁止する(一九条)ほか、診療の具体的方針として、二〇条の一部において要旨次のとおり定めている。

(イ) 診察について、健康診断は療養の給付の対象としてはならず、各種の検査は、診療上必要があると認められる場合に行い、研究の目的をもつて行つてはならない。

(ロ) 投薬は必要があると認められる場合に行い、治療に一剤で足りる場合には一剤を投与し、必要があると認められる場合に二剤以上を投与する。同一の投薬はみだりに反覆せず、症状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をしなければならない。栄養、安静、運動、職場転換その他療養上の注意を行うことにより治療の効果を挙げることができると認められる場合には、これらに関し指導を行い、みだりに投薬してはならない。

(ハ) 注射は、経口投与によつて胃腸障害を起こすおそれがあるとき、経口投与をすることができないとき、経口投与によつては治療の効果を期待することができないとき、特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき、その他注射によらなければ治療の効果を期待することが困難であるときに行う。

(ニ) 手術は必要があると認められる場合に行い、処置は必要の程度において行う。

(ホ) 性病、結核、高血圧症等特定の治療の治療方針、治療基準、治療方法は、厚生大臣の定めるところによる。

(五)  被告基金

(1) 被告基金は、政府、健保組合等の保険者が健保法等社会保険各法に基づいてする療養の給付及びこれに相当する給付の費用について診療担当者に対して支払うべき診療報酬の迅速適正な支払をし、あわせて診療担当者から提出された請求書の審査を行うことを目的とし、各保険者から所定の支払委託金の預託を受けること、右請求書に対して診療報酬を支払うこと、右請求書を審査することを主たる業務とし、そのほか、生活保護法に基づく指定医療機関に対する診療報酬の支払に必要な事務を行う法人である(社会保険診療報酬支払基金法一条、二条、一三条)。

(2) 被告基金は、右請求書の審査を行うため、各都道府県に置かれた従たる事務所ごとに審査委員会を設ける(同法一四条一項)。審査委員は、診療担当者を代表する者、保険者を代表する者、学職経験者のうちから各同数が委嘱される(同条二項)。

審査委員会に関する事項は基金法に定めるほか、命令で定めるとされ(基金法一四条の六)、これに基づいて社会保険診療報酬請求書審査委員会規程(昭和二三年厚生省令五六号)が定められている。右規程によれば、審査委員会は、審査をするときは、保険医療機関等の提出する請求書について、療養担当規則、算定方法告示等に基づいて診療報酬請求の適否の審査を行い(四条)、毎月分につき、その前月分の請求書をその月の二〇日までに審査しなければならず(三条)、審査のため必要のある場合には審査委員の担当を定めてあらかじめ審査をすることができ(二条二項)、審査の決定には審査委員の二分の一以上の出席を要する(同条一項)等とされる。

審査委員会は、診療報酬請求書の審査のため必要があると認めるときは、知事の承認を得て、診療担当者に対して出頭及び説明を求め、報告をさせ、診療録その他の帳簿書類の提出を求めることができる(基金法一四条の三)。

(3) 〈証拠〉によれば、被告基金における診療報酬請求書の審査は次のように行われている事実が認められる。

(イ) 審査委員は、基金法の規定に基づき、いわゆる三者構成で、そのうち、診療担当者代表、保険者代表についてはそれぞれ所属団体の推薦に基づいて委嘱されるが、審査委員のすべてが医師等医学の専門家である。

(ロ) 審査は、前記審査委員会規程二条二項に基づく第一次審査と第二次審査に区分される(審査事務取扱規程準則七条)。第一次審査では、請求書を内科、小児科等の診療科別に分け、審査委員が分担を決めて、一枚ずつ請求書を審査し、第二次審査では、第一次審査の結果に基づき審査委員会で合議し、最終決定を行う。

(ハ) 審査の結果、療養担当規則、算定方法告示等に反すると判断した療養の給付については、いわゆる減点措置(したがつて、この措置は右審査権に法令上の根拠を有しこれに由来する)をとつてその旨当該保険医療機関に書面で通知し、減点の対象となつた療養の給付に相当する診療報酬の支払を拒絶する。減点通知は、被告基金本部調査部長通牒(減点通知実施について、昭和三二年基調発一七八号、一八一号)に基づいて行われるが、右通牒によれば、減点事由はAからKまでの記号で示され、その内容は次のとおりである。

A 適応と認められないもの

B 過剰と認められるもの

C 重複と認められるもの

D 担当規則(指針、基準、疑義解釈及び通牒を含む)に反するもの

E 前各号の外不適当又は不必要と認められるもの

F 固定点数が誤つているもの

G 請求点数の集計が誤つているもの

H 縦計計算が誤つているもの

K その他

2  保険医療機関の指定等の法的性質

(一)  前記健保法の規定にみるとおり、健康保険制度においては、保険者が被保険者に対して療養の給付として診察、薬剤の支給等の現物給付を行うものであるところ、病院等の医療機関は、その開設者の申請に基づいて都道府県知事が行う保険医療機関の指定により、右療養の給付を担当することになるものであるが、右申請及び指定の法的性質は、国の機関としての知事が第三者である被保険者のために保険者に代わつて療養の給付、診療方針、診療報酬など健保法に規定されている各条項(いわゆる法定約款)を契約内容として医療機関との間で締結する公法上の双務的付従的契約であり、右契約により、保険医療機関は被保険者に対して前記療養の給付の担当方針に従つて療養の給付を行う債務を負い、保険者は保険医療機関が行つた療養の給付について診療報酬を支払う債務を負うものと解される。

そして、右契約は、療養の給付という事務の委託を目的とする点において準委任の性質を有し、保険医療機関の診療報酬請求権は委任事務報酬請求権の性質を有すると解される。したがつて、委任事務報酬請求権は、受任者が委任の本旨に従つて事務を処理したときに発生するものであるところ、右契約における委任事務については、その内容が列挙される(健保法四三条一項)だけでなく、療養担当規則において、事務を処理するに当たつての具体的方針が定められ、保険医療機関は右規則に定められた方針に従つて事務を処理しなければならない(同法四三条の四第一項)のであるから、保険医療機関が被保険者に対して単に診察等の療養の給付を行つただけでは、いまだ委任の本旨に従つた事務処理とはいえず、右療養の給付が療養担当規則の定めに従つて行われたものであることを要すると解すべきである。したがつて、保険医療機関の診療報酬請求権は、当該機関が療養担当規則に従つて被保険者に対して療養の給付を行う都度、算定方法告示の規定に従つて発生するが、右規則に従わないでなされた療養の給付についてはそもそも報酬請求権が発生しないものといわなければならない。

(二)  なお、右診療報酬請求権を取得する主体は保険医療機関であり、当該機関に療養担当規則等の遵守義務があるが、当該機関の開設者又は管理者といえども、同機関で医療に従事する個々の医師の診療行為に関与することは診療の独立性をそこなうもので許されない。そこで健保法は前記のごとく、保険医の申請、登録をすることによつて個々の医師等に療養担当規則等に従つて診療をなすことの承諾の意思表示をなさしめ、これに対し同機関で保険診療等に従事し得る地位を附与しているものである。

(三)  被告基金は、保険者から委託を受けて診療報酬の審査、支払の事務を行う法人であり、右委託を受けたときは自らの名において診療報酬を支払う義務を負うものであるが、この場合の保険医療機関と被告基金との法律関係は、保険者自らが審査、支払をなす場合と異なるものではないと解される。

(四)  生活保護法に基づく医療扶助については、前記の如く、保護の実施機関である都道府県知事はその医療を担当する医療機関を指定するが、その間の法的関係は保険医療機関の指定の場合と同様に公法上の契約と解される。しかして、指定医療機関は医療を担当する都度、法令の定めに従つてその診療報酬請求権を取得し、保護の実施機関からその支払を委託された被告基金からその支払を受けることになるが、右報酬額については、前記のとおり生活保護法五三条一項により、知事が随時これを審査したうえ決定することができる。そして、現実には右法条の文言に拘らず、指定医療機関は全ての医療給付につき診療報酬請求書、同明細書を被告基金に提出し、被告基金において、審査の上診療報酬額決定についての意見を定め、知事が右意見に従つて決定を行ない、右決定に基づいて、被告基金が診療報酬の支払を行なつているのであり(生活保護法施行規則一七条)、弁論の全趣旨によれば、本件請求のうち生活保護法に基づく診療報酬分についても、知事の決定に基づくものと認められ、原告は指定医療機関としてこれに従う義務がある(生活保護法五三条二項)から、結局、右決定額を超える部分の支払を求める原告の右請求は、既に右の点においても失当といわざるを得ない。

3  診療報酬請求権の発生についての主張立証責任

(一)  前記認定の保険医療機関の指定等の法的性質にかんがみれば、保険医療機関が療養担当規則等の定めに従つて療養の給付を行つたことが診療報酬請求権のまさに発生原因事実であるから、診療報酬を請求する保険医療機関は単に療養の給付をなしたことのみならず、右給付が前記規則等に適合してなされたことについてもその主張立証責任を負担することは明らかである。

(二)  原告は、診療報酬請求書の審査は療養担当規則及び算定方法告示に照らして行われる法律的審査であり、被告基金は右審査の結果、減点という形式で本件診療報酬の支払を拒絶しているのであるから、被告基金において原告の診療行為が療養担当規則等のどの条項に反するものであるかを主張立証する責任があると主張する。

しかし、被告基金が行う増減点の措置そのものは、被告基金における診療報酬請求の受理から支払に至る一連の過程の中における適正な支払額の点検確認のための判断作用及びこれに基づく支払意思ないし支払拒絶意思の表明にすぎず、右措置によつて診療報酬請求権の存否自体が法律上決定されるものではないから、前記判示の立証責任の帰属が転換することはないと解すべきである。したがつて、原告の右主張は採用できない。

(三)  次に、原告は、保険医療制度の適正有効な運用のためには保険医療機関と保険者、被告基金間の相互信頼と診療報酬の迅速的確な支払の確保が必要であり、そのため、現行制度においては、保険医療機関から適式の請求書が被告基金に対し提出される限り、原則的に法規の基準に合致した療養の給付が行われたものとして取り扱おうとする趣旨の下に、詳細綿密な請求様式が定められており、右趣旨は健保法四三条の九第四項や基金法一四条の規定にもあらわれていると主張する。

確かに、医療保険制度の円滑な運用のためには医療機関の協力は不可欠であり、その協力を得るためには、医療機関と保険者、被告基金間の信頼関係を基礎とした診療報酬の迅速な支払の確保が必要であることは否定できない。被告基金が診療報酬の迅速な支払を目的の一つに掲げ(基金法一条)、診療報酬請求について原則として請求書の記載のみに基づいて審査が行われていること等は、右要請に基づくものである。しかしながら、このような要請があることから直ちに、保険医療機関が適式な請求をしたときは当該療養の給付が療養担当規則等に適合して行われたとの法律上、事実上の推定が働き、被告基金において療養担当規則等に反して療養の給付が行われたことについての立証責任を負担すると解すべき法令上の根拠はないし、またこのように解すべき実質的な理由もない。すなわち、

(1) まず、前記認定のごとく、健保法上保険医療機関及び保険医は療養担当規則に従つて療養の給付をなし、また、算定方法告示に従つて診療報酬を請求すべき義務があり、右請求がなされた場合、保険者は右請求が右規則等に適合するか否かを審査したうえで診療報酬の支払をなすべき義務があることが明記されており、〈証拠〉によれば、右審査について厚生省保険局長通牒(昭和三三年保発第七一号厚生省保険局長から理事長あて)が発せられており、右によれば、被告基金の審査委員会における審査は、「明細書に記載されている事項につき、書面審査を基調として、その診療内容が療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が算定方法告示に照らし誤りがないかどうかを検討し、もつて適正な診療報酬額を審査算定するものとし、その具体的方針に関し、検査料については、検査の必要性が認められるものであるかどうか、特に研究的なものまで行われている傾向がないかどうか、投薬料及び注射料については、傷病名から推測される必要投薬単位数又は回数が著しく多くないかどうかに特に着眼すべきであり、診療行為の種類又は実施量等については、療養担当規則に照らして不当と認められる部分につき減点査定すべきは当然であること。」とされていることが認められる。右のとおり、保険者から右審査の委託を受けている被告基金の審査委員会は、単に請求点数の誤算等単純な事務処理に類する形式的審査にとどまらず療養担当規則に対する適合性についても実質的審査権を有していることは明らかであり、前記認定の通牒に基づく減点事由の定めは相当である。〈証拠判断略〉

(2) 次に、右審査委員会の構成員となるべき審査委員は、前記認定のごとく、三者構成でそのすべてが経験豊富な医師等医学の専門家であり、〈証拠〉によれば、その選任基準として、社会保険の公的重要性を理解し、厳正、公平を期待し得る者、また専門的に高度の技能を有し、一般診療担当者の信頼を期待し得る者に委嘱することとされている(昭和三〇・四・二五保文発第三七九一号厚生省保険局長から基金理事長あて通牒)ことが認められ、その他前記認定の審査方法等を併せ考察すれば、右審査が審査員の無理解、独断に基づき又は恣意的になされることがないように配慮されているものというべきである。もつとも証人野木一雄の証言によれば、右審査は膨大な件数が書面審査で迅速になされているため、審査時によつて若干の不統一を免れないことが認められるのであるが、減点の対象となるのは請求書の記載上からみてよほど異常と思われるものについてであつて、右記載上特に異常と思われない限り保険医療機関を信頼して支払をしているのが実情であることも同証人の証言によつて認められるところである。

(3) さらに立証の手段、方法の観点から検討するに、被告基金の減点措置によつてその適合性が否定された場合に、原告等医療機関がその適合性を積極的に主張立証するのが自然であり、原告は、その資料となるべき患者との接触観察による知覚体験、カルテ等の診療記録を保有しており、その立証活動自体になんら支障を来すものではない。これに対し、被告基金は知事の承認の下に制限された間接的な調査権限を有するのみであるから、公平上の見地からみても被告基金に主張立証責任があるとするのは相当でない。

(四)  以上の次第で、診療報酬請求訴訟における主張立証責任の分配に関する原告の主張はいずれも採用できず、原告の行つた別紙(三)記載の各療養の給付が療養担当規則の定めに適合したものである事実は原告において主張立証する責任があると解すべきでみる。

4  被扶養者その他の場合について

被扶養者の場合は、金銭給付を原則とする点において被保険者の場合と異なるが、健保法四三条の九第四項に基づいて保険者が家族療養費相当額を保険医療機関に直接支払う場合には保険医療機関と保険者との法律関係は被保険者に対する療養の給付の場合と同様に解することができる。また、健保法以外の社会保険各法においても、前記各規定によれば、医療機関の診療報酬請求権については健保法と同様に解される。

三本件診療報酬請求権の存否について

そこで、以下、原告が本訴で診療報酬を請求している別表(三)記載の各検査等の療養の給付(以下「本件検査等」という)が療養担当規則に適合したものであるか否かにつき検討する。

1  〈証拠〉によれば、原告の診療行為の実態につき次の事実が認められる。

(一)  原告の診療報酬請求額は、他の保険医療機関に比較して著しく高額である。すなわち、本件請求に係る別表(一)記載の各患者のうち、被保険者本人入院患者六四五名についての患者一名当たり請求点数は平均2万0965.6点であり、昭和五〇年一月分から九月分までの大阪府平均(879.8点)の約23.8倍、同期間の全国平均(686.0点)の約30.5倍にものぼる。

(二)  過剰を理由として本件減点の対象となつた原告の診療行為のほとんどは検査であり、なかんづく血清(液)検査であるところ、原告の診療報酬請求の診療項目内訳をみると、検査の占める割合が著しく高い。すなわち、本件請求に係る患者のうち、入院外患者六八八名についての請求点数のうち、検査及びレントゲン診断の項目の占める割合は平均87.5パーセントにものぼり、昭和五〇年六月審査分の全国平均12.4パーセントに比較して著しく高率であり、他方、投薬、注射その他の治療項目の占める割合は10.8パーセントにすぎない。

(三)  原告の実施した検査の内容についてみると、非常に多項目にわたる各種検査をすべての患者に対してほぼ一律に行つている点に特徴を有する。特に血清(液)検査(その他生化学的検査を含む)については、五〇項目を超える各種検査を全患者に対して一律に一か月間最低一回以上行つている。

検査の種類及び回数は初診時のみ特に多いものではなく、初診時以降においてもほぼ同種の検査が毎月繰返し実施されている。しかも、同一の検査が一か月の間に何回も反復して実施される例も多くみられ、多いものでは一か月六ないし八回にも及ぶ。特に、血清(液)検査においては、前記の五〇項目以上の検査が一か月間に一律に六回ずつ行われる例も少なくない。

(四)  診療報酬請求明細書には患者の傷病名が記載されるが、本件請求に係る各患者には非常に多数の傷病名が付けられており、入院外患者六八八名についてみると、一人当りの傷病名は平均13.5にものぼる。

傷病名の記載の中には、一般に用いられている臓器別のほかに、自己免疫病、免疫異常、アレルギー症候群、肺気管支内感染症、糖代謝異常などの疾患群を記載したもの、めまい、はき気、肩こり、全身倦怠、微熱、貧血など患者の症状や主訴の内容をそのまま記載したと思われるものなどがある。また、同じ病名が多数の患者に付されることも多く、入院外患者中、肝障害(肝炎、黄疸、肝硬変を含む)、甲状腺機能異常(甲状腺炎を含む)、肺(気管支内)感染症はほとんど全員に付され、糖代謝異常は約八割、心筋障害は約七割の患者に付されており、脳腫瘍(その疑を含む)、胃腫瘍(その疑を含む)の記載もそれぞれ入院外患者中約三割にみられる。

また、傷病名には転帰がほとんどなく、毎月多数の検査を続けながら、当初の脳腫瘍(?)、胃腫瘍(?)、胆石(?)の病名の記載が(?)のままで維持されている例も多く、妊娠(?)の病名のまま四か月間経過した例も見られる。

2  〈証拠〉には、原告は、臨床内科学の最新理論であるP、O、S(プロブレム、オリエンテッド、システム―問題志向システム)を信じ、これを実践して本件各療養の給付をなしたもので、前記認定のごとき検査の重視や多病名の表記はこの理論の当然の帰結であること、すなわち、原告は現在医学界の常識とされている第一次スクリーニング検査、第二次スクリーニング検査の区分を否定し、初診時において多種多様の検査を行い、かつこれを反復実施しているが、右検査により精度の高い情報が得られ、これにより病態を含めた可能性のある傷病一切を診断することができること、したがつて傷病名が多いことと重症度とは一致せず、傷病名が多い者でも現在元気で稼働している者がいるが、それは前記多病名に応じた禁煙、禁酒、食事療法等の生活指導を行つているからであつて、治療方法は必ずしも薬物投与、注射にかぎらないこと、したがつて本件各検査等はいずれも治療に必要であり、かつ医学上も妥当適切なものであるとの供述部分が存する。

3 療養担当規則第二章は、健保法四三条の六第一項に基づき、保険医が保険医療機関において健康保険の診療に当たる際に従わなければならない診療の一般的方針及び具体的方針を定めたものであるが、同章では、各種の検査は、診療上必要があると認められる場合に行うこととされ、投薬は必要があると認められる場合に行い、一剤で足りる場合には一剤を投与し、必要があると認められる場合に二剤以上を投与する等とされ、その他の給付についても必要があると認められる場合に行うこととされていることは前記二1(四)(2)のとおりであり、右各規定は、保険医に対し、療養の給付を行うについて常に必要性を吟味することを求め、不必要な給付、必要な程度を超える過剰な給付を戒めているものと解される。しかるところ、証人野木一雄の証言によれば、右各規定にいう「必要」とは、現在の臨床医学の一般水準を基礎とした患者の療養上の必要性をいうものであつて、これを本件の主たる争点である検査についてみると、検査は、問診や理学的診断(視診、触診等)とともに患者の病態の診断のために必要な患者の身体に関する情報を蒐集する手段の一つであり、的確な診断とこれに基づく適切な治療を行うために必要とされるものであるが、その実施に当たつては、患者の血液を採取し、患者に対して薬物や放射線を用いる等、患者の肉体に何らかの負担を強いるもので、いたずらに多くの検査を実施することは、かえつて患者に無益の負担を課し、療養上好ましくない結果をもたらすおそれがあることにかんがみ、診断に必要な限度においてこれを実施すべきであることが認められ、右事実に照らすと、原告らの供述にかかる前記診断理論は現行健保法の下では直ちに採用し難いものといわざるを得ない。

ところで、原告の前記診断理論については、阿部正和外編集「新臨床内科学」によれば、原告主張に副う記載もあるが、同書によればP・O・Sとは患者のもつ医療上の問題に焦点を合わせ、その解決を図るための診療記録に関する新しい理論であつて、右理論から直ちに原告の本件診療行為にみられる検査の多用、多病名の記載の必要性が導き出されるものとは未だ認め難いし、また同書によれば、確かに臨床検査を活用した客観的診断の必要が強調されているものの、同時に、無批判に多数の検査を行うべきではないとされ、適当な検査の組合せを考慮して必要かつ適当な検査項目を選びだすことが内科医の臨床検査に対する基本的態度の一つとして掲げられていることが認められるところ、原告の前記診療の実態に照らすと、本件診療行為が臨床内科学の最新理論に従つて行われた適正なものであるとも未だ認め難い。

4  そこで、本件証拠にあらわれた限度で右必要性につき個別的に検討するに、

(一)  〈証拠〉によると、次の(1)ないし(3)の各事例が認められる。

(1) 患者Aは、ゴミ回収業で公害喘息の訴えで入院外患者として診察を受け、初診時から肺、気管支内感染症、喘息?、呼出性換気障害、肝炎、胃腫瘍?、胆のう炎、心筋障害、動脈硬化、冠不全、脳循環障害、脳波異常、脳腫瘍?、腎障害、梅毒、アレルギー症候群、糖代謝異常、甲状腺機能異常、自己免疫病の診断を受け、昭和五〇年一月から九月まで右同一傷病名の下に毎月平均約三万五、〇〇〇点(多い月は一か月六万点)の検査を受けたところ、被告基金はそのうち平均約二四パーセントの減点をしたこと、その間、右病名に転帰はないが、原告は同患者に投薬、注射の治療のほか、生活指導をなしたため、同患者は全快し現在は普通に稼働していることが認められるところ、原告は、右のごとく検査量、傷病名が多いのは、例えば若い女性患者の場合に妊娠を疑うのと同じく、全ての患者につきアルコール、又は薬物中毒とともに脳腫瘍を常に疑う原告の診療方針の当然の帰結であると供述するが、他方、野木証人は、川合内科医院が疾患群等を含めて多数の傷病名を挙げるのは多量の検査量と相関連するが、傷病名数は一般には多くて三個程度であつて異常に多く、ために適切な治療ができない弊害があること、内科医が脳腫瘍等重大な病気の存在を疑つた場合、一か月以上放置すべきでないが、本件のごとく九か月間も脳腫瘍?の診断がなされることは極めて異常であり、結局、検査のみで適切な治療はなされていない疑いがあると指摘していることが認められ、これらの諸事実を総合すると、A患者の如く結局重大な疾患が発見されなかつた患者に対し、原告の診断理論に基づいて前記のごとき多量の検査をなす必要があつたかについては未だこれを肯認し難く、前記減点分についても同様である。

(2) 患者Bは、四一才の男子であるが、昭和五〇年一月に、内分泌性肥満症、肝障害、糖代謝異常、冠不全、甲状腺機能異常、動脈硬化、心筋障害、アレルギー症候群、皮膚炎(全身)、肺感染症、脳腫瘍?、胃腫瘍?、胆石?、と診断され、同年九月まで右同一傷病名の下に入院外患者として毎月平均約四万八、〇〇〇点の検査を受けたところ、被告基金はそのうち平均約三五パーセントの減点をしたこと、ところが、右病名中に梅毒の診断がないのに、同患者は同年五月に六回、六月に七回、七月に七回、八月に六回の梅毒検査(梅毒FTA―TBS)を受けていることが認められる。原告は、右検査は免疫異常又はアレルギー症候群皮膚炎の検査であると供述するが、にわかに措信し難く、右患者については結局梅毒の診断がなされなかつたものであるから、数回の検査はともかく右のごとく反復継続して多量の検査をなす必要があつたかは極めて疑わしく、右認定事実によれば、前記減点分の検査が必要であつたものとは未だ認め難い。

(3) 本件外の患者Cは入院外患者であるが、胃重感、膵炎?、肝障害、アレルギー症候群、間脳視床下部下重体系異常?、消化管腫瘍?、胃潰瘍、甲状腺機能異常、尿路感染症、アルドステロン分泌異常?、脳波異常、免疫異常、糖代謝異常、腎障害、心筋障害、肺、気管支内感染症、胆石の診断を受け、診療実日数一三日間に一七万六三三九点の検査を受け、特にそのうち血清(液)検査についてはセット検査を各九回受けているほか、RI検査(ラジオ、アイソトープ)八回を受けていることが認められるところ、証人野木一雄は、右検査量はあまりに多量であつてそのための採血料も多く、また、放射線障害のおそれもあるから、その必要性がないことはもちろん、かえつて患者に悪影響を及ぼす危険性があると指摘していることが認められ、右事実に照らすと、川合内科医院のなした検査全般につき過剰の疑いを否定することはできない。

(二)  その他、原告が本件請求に係る各患者に対して行つた各検査が前記判示の必要性に基づいて行われたものであるか否かにつき検討しても、前記1記載のとおり、原告の検査は、いずれも単にその種類や回数が多いだけでなく、同種の検査が多くの患者に対して画一的に反復実施されており、しかも患者に付された傷病名からは、そのような多種多様の検査の結果が患者の病態の診断に生かされているとは認め難いのであつて、結局、原告が行なつた各検査の必要性については、証拠上これを認め難いといわざるを得ない。

5  次に、原告は、患者に対してどのような療養の給付をなすかはプロフェッショナルとしての主治医の専権であつて、何人もみだりに干渉することはできないもので、被告基金の減点措置による診療報酬支払拒絶は、主治医権を侵害するものであるとし、原告本人尋問の結果中に右主張に副う供述部分がある。

原告のいう「主治医権」が何を指すものか必ずしも明らかではないが、保険医は療養の給付を行うに当たり、療養担当規則に定められた診療方針に従わねばならないのであり、被告基金が右点について審査できることは前記判示のとおりである。もちろん、医療行為は高度の専門性、裁量牲を有するものであり、療養担当規則に照らして審査するに当たつては、右専門性、裁量性を考慮し、保険医の医学的立場からの判断は十分尊重しなければならないけれども、右裁量性は医師が独自の判断でどんな診療を行おうと自由であるという意味でないことはもちろんであつて、一般医師の医学常識又は医学の一般水準の下においてという制約は免れないものである。したがつて、保険医が自己の医学的見解に従つて行つた診療であるからといつて当然に正当であるとか、審査の対象外になると解すべき根拠は全くない。原告は右の医学常識又は一般水準なるものが原告の診断理論に比べ時代遅れであつてその基準とならないかのごとき主張をするが、医療の専門性、裁量性にも当然時代の変化、医学の進歩、特に診療方法の機械化、合理化に伴つてその内容が進歩向上しているものであるところ、原告の右診断理論又は川合内科医院の診療行為のうち本件で問題とされている行為が右医学常識又は医学水準に合致し、大方の医師の支持を得ているものであるかについてはこれを認めるに足る証拠はなく、かえつて前記認定の諸事実を総合すると、右行為は裁量性を逸脱している疑いがある。よつて、原告の右主張も採用できない。

6  最後に、原告は、統計数値の比較により正常、異常を判定することは、個体差を重んじる医学的な事象に関しては不適切であると主張する。しかし、原告の保険診療行為が療養担当規則に適合するか否かを検討するに当たり、一般医療機関と比較して統計上著しい差異を示す事実は適合性を疑わせる一要素となることは否定できないし、また、その比較対象について、原告は一般の個人診療所等の医療機関には原告の規模の人的構成、物的設備を備えていないから、統計自体失当である旨供述するが、にわかに措信し難いし、本件のごとき入院外患者で特に重大な病気又は難病と断定されたことがない事例においては、前記統計はそれ自体根拠のある判断資料となるものというべきであるから、原告の右主張は採用できない。

7 以上の次第で、本件診療報酬請求は、健保法その他社会保険各法の対象者(被保険者本人又はその家族)又は生活保護法の医療扶助対象者に対する療養の給付(検査及び注射等)に係るものであるところ、原告の行つた本件検査についてこれが前記療養担当規則に適合するとする原告の前記各主張はいずれも採用し難く、且つ右事実を認めるに足る証拠はなく、むしろ前記認定の諸般の事実を総合すると、本件検査は右療養担当規則に適合しない過剰な診療行為と推認せざるを得ない。その他注射等の療養の給付についても右療養担当規則に適合することを認むべき証拠はない。また、生活保護法の医療扶助対象関係についても、前記二2(四)に判示したとおりであるが、仮にそうでないとしても、右につき療養担当規則に対する適合性を認むべき証拠はないことは、健保法関係と同一である。よつて、本件検査等にかかる原告の本件診療報酬請求はいずれも失当といわざるを得ない。

四AU抗原検査(ES)の報酬点数について

1  〈証拠〉によれば、原告は別表(三)1ないし790記載の各患者に対して行つたAU抗原検査につき、免疫電気泳動縮合法(ES)によるものは九〇点、一元免疫拡散法(SD)によるものは五五点として診療報酬を請求したところ、被告基金は、別表(三)記載分について過剰との理由で減点措置をとり、その余については、AU(ES)の報酬点数は五五点であるとの理由で減点措置をとつた事実が認められる。

2  算定方法告示別表第四診療報酬点数表(乙)第三部検査料において、検査の費用は検査料の項に掲げる所定点数により算定し、検査料の項に掲げられていない検査であつて特殊な検査の検査料は、検査料の項に掲げられている検査のうちで最も近似する検査の所定点数により算定すると定められているところ、AU(ES)は検査料の項に掲げられていない検査である。

原告は、AU(ES)は免疫電気泳動法と最も近似するから同検査と同じ九〇点を以て算定すべきである旨主張するものと解されるが、免疫電気泳動法も本件当時診療報酬点数表の検査料の項に掲げられていない検査であるから、右検査との近似を理由とする原告の右主張は前記規定に照らして失当であり、また、AU(ES)が検査料の項に掲げられている検査で九〇点と算定されているものと近似する事実を認めるべき証拠は存しない。したがつて、AU(ES)の報酬点数に関する原告の主張は失当である。

五結論

以上によれば、原告の本件診療報酬請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(久末洋三 塩月秀平 山下郁夫)

別表 〈省略〉

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